エスカレーター、片側を空けるべきか、両側に立つべきか
歩く人のために片側を空ける習慣は、全体として得なのか損なのか。
朝 8 時台の乗換駅。改札からホームへ向かう人が 1 分あたり 130 人ほど押し寄せ、3 分後に落ち着く。歩きたい人は 3 割。
詳細設定
片側を空ける
立つ人は片側に並び、もう片側は歩く人のために空けておく
- 運んだ人数
- –
- 今の行列
- –
- 最大の行列
- –
- 平均所要時間
- –到着から降り口まで
- 歩きたい人の平均
- –
- 平均待ち時間
- –乗るまで
両側に立つ
歩かずに、左右どちらにも立って乗る
- 運んだ人数
- –
- 今の行列
- –
- 最大の行列
- –
- 平均所要時間
- –到着から降り口まで
- 歩きたい人の平均
- –
- 平均待ち時間
- –乗るまで
- 立つ人
- 歩く人 (∧ 印)
- 歩く側に立つ人 (− 印)
乱数を変えて 100 回ずつ回した平均
アニメーション 1 回だけでは偶然に左右されるので、同じ条件で 100 回試行して平均を取ります。
問い
駅のエスカレーターでは、関東なら左に立って右を空ける、関西なら右に立って左を空ける、という習慣が根強くあります。 一方で鉄道各社は「歩かず、立ち止まって」と呼びかけ、埼玉県 (2021 年) や名古屋市 (2023 年) は立ち止まって乗ることを求める条例まで作りました。
急ぐ人のために片側を空けておくのは、全体として得なのでしょうか、損なのでしょうか。 「全員が乗りきるまでの早さ」と「一人ひとりの所要時間」という 2 つの視点から、場面ごとに眺めてみます。
2 つの世界を並べて動かす
- 片側を空ける: 立ちたい人は片側に並び、歩きたい人はもう片側を歩いて上がる。 立つ側の行列が長くなると、本当は立ちたい人の一部が仕方なく歩く側に回る。
- 両側に立つ: 誰も歩かない。空いているほうの段に左右交互に乗る。
上の 2 枚のキャンバスは、同じ到着パターン (同じ乱数) で同時に動いています。 「別の乱数で」を押すと到着のタイミングが変わり、「100 回試行する」を押すと乱数を変えながら 100 回ずつ回した平均が出ます。
先に答え: 歩いても「運べる人数」は増えない
直感的には「両側を歩く > 片側だけ歩く > 両側に立つ」の順に効率が良さそうに思えます。 一人ひとりの所要時間ならその通りです。しかしエスカレーター 1 本が 1 秒に運べる人数は「速さ ÷ 前の人との間隔」で決まり、 歩く人は速いぶん広い間隔を必要とするので、増えた速さが広がった間隔で相殺されます。
| 乗り方 | 速さ (段/秒) | 間隔 (段) | レーン 1 本の輸送量 |
|---|---|---|---|
| 立つ | 1.25 | 約 1.3 | 約 0.96 人/秒 |
| 歩く | 2.75 | 3 | 約 0.92 人/秒 |
つまり歩くレーンは「一人ひとりが早く着く」が「運べる人数は立つレーンと同じかやや少ない」。 そのうえ歩きたい人は全員ではないので、歩く側のレーンはしばしば空いたままになります。 片側空けが混雑時に損をするのは歩くこと自体のせいではなく、この「使われない空席」のせいです。
モデルの前提
| エスカレーター | 40 段 (長さ約 16 m、高低差約 8 m)。速度 0.5 m/s ≒ 1.25 段/秒。立って乗ると約 32 秒で上に着く。 |
|---|---|
| 立つ人 | 前の人との間隔を 1.0〜1.6 段 (人によって異なる) 空けて乗る。 |
| 歩く人 | ベルトに対して 1.5 段/秒で歩く (約 15 秒で上に着く)。前の人との間に 3 段の距離が必要で、前が詰まると前の人の速さに合わせる。追い越しはできない。 |
| 到着 | シナリオごとに決めた「1 分あたりの人数」をもとにランダムに到着する。歩きたい人の割合も決まっている。 |
| 仕方なく歩く人 | 立つ側の行列が 30 人を超えると、立ちたい人の 15% が歩く側へ回る。この人たちは 1.0 段/秒とやや遅い。 |
| 歩く側に立つ人 | 「歩く側に立つ人がいる」シナリオでのみ、立ちたい人の 1 割が歩く側のレーンに立ち止まる。後ろの歩く人は 3 段後ろでその人の速さに落ちる。 |
場面ごとに何が起きるか
朝のラッシュ
1 分あたり 130 人がやって来ると、どちらの乗り方でも行列はできます。 ただし「片側を空ける」世界では、立つ側だけが混み、歩く側はしばしばスカスカです。 歩きたい人は 3 割しかいないので、片側分の輸送力をほとんど使い切れないのです。 立つ側の行列が長くなってしぶしぶ歩き出す人が出ても、埋めきれません。
「両側に立つ」世界では 2 列とも段がきっちり埋まるので、5 分間で運べる人数が 1 割ほど増え、最大の行列は 3 割ほど短くなります。 2016 年にロンドン地下鉄ホルボーン駅で行われた実験でも、両側に立つことで輸送量が約 3 割増えたと報告されています。 本モデルは歩く人が多めに歩く側を使う設定なので、差はそれより控えめに出ます。
昼の閑散時
1 分あたり 15 人程度なら行列はほぼできません。ここでは「どちらが多く運べるか」は問題にならず、歩きたい人が 15 秒で上がれるか 32 秒かかるかの差だけが残ります。 「片側を空ける」ほうが急ぐ人には明らかに嬉しく、立つ人には何の損もありません。 両側立ちのルールの不評の源は、たぶんこの場面にあります。
電車が着いた直後の波
ホームから改札へ上がるエスカレーターでは、人は均等に来ません。電車が着くたびに 240 人が一気に降りてきて、次の電車までの 160 秒でその行列をさばく、の繰り返しです。 「両側に立つ」世界は 1 本の波を 2 分ほどで消しきり、次の電車までに行列がゼロに戻ります。 「片側を空ける」世界は消しきれずに残りを次の波に持ち越すので、電車が来るたびに行列の山が少しずつ高くなります。 グラフを「行列」にして、2 本の線が 0 に戻るかどうかを見比べてみてください。
歩く側に立つ人がいる
片側空けのルールは「歩く側には誰も立たない」ことを前提にしています。観光客や大きな荷物の人が混じって、立ちたい人の 1 割が歩く側に立ち止まるとどうなるか。 歩く人は追い越せないので、その人の後ろの歩行レーンはまるごと「間隔の広い立つレーン」に変わります。 歩く側の輸送量は立つ側の半分以下に落ち、歩きたい人の所要時間は両側立ちの世界の立つ人より長くなります。 たった 1 割のルール違反で、歩く人のための仕組みが歩く人にとって最悪の選択肢になるのです。
考察
- 混雑時の輸送量は、歩く側が「空き」になっている分だけ片側空けが不利。差は歩きたい人の割合で決まる。 詳細設定で歩きたい人の割合を 5 割以上にすると、差はほとんど消える。
- 閑散時は輸送量が問題にならず、急ぐ人の時間短縮だけが残るので片側空けが有利。 両側立ちのメリットは「誰も待っていないとき」には現れない。
- 波のある到着では、両側立ちは波を次の波までに消しきれるかどうかの境目を越えやすい。境目を越えるかどうかで行列は「毎回リセット」と「どんどん蓄積」に分かれる。
- 片側空けは壊れやすい。全員がルールを知っていて守る、という前提が少し崩れるだけで、歩く人への恩恵は消える。両側立ちには守るべき前提がほとんどない。
- つまり、どちらが良いかはその時間帯に行列があるかどうかでほぼ決まる。 ピーク時だけ「両側に立って」と案内する運用は、このモデルの範囲では理にかなっている。
このモデルでは扱っていないこと
- 歩く人が立つ人の肩や荷物にぶつかる接触事故、すれ違いによる心理的負担、転倒時の安全性。
- 両側立ちでも手すりを持たない人、ベビーカーや大きな荷物、エスカレーターの左右で乗る人数が偏ること。
- 長さの違うエスカレーター、複数台の並列、階段を使う選択肢。
- 習慣を変えるコスト。ルールを変えても人がすぐに従うとは限らない。
前提を変えると結論も変わります。詳細設定のスライダーで到着人数や歩きたい人の割合を動かし、 どこで優劣が入れ替わるかを探してみてください。